Archeologue

第3号


2004年8月9日発行
三重大学人文学部考古学研究室・山中章研究室
 Tel 059-231-9148 Fax 059-231-9148 E-mail yaa@human.mie-u.ac.jp


 再びバーディン皇城遺跡へ

〜国際的遺跡保護体制の構築に向けて〜

 バーディン皇城遺跡の調査検討にお招きいただき厚く御礼申し上げます。

 本遺跡に初めて接したときの第一印象は、遺跡の保存状態が極めて良好であることでした。 とりわけ建築施設の基壇や基礎の多くが、建設当時のまま保存されていることには大変驚かされました。 と同時に、わずか1年余でもってこれだけの遺跡を発掘調査され、遺構の各時期をヴェトナム国家形成史の中に明確に位置づけられ、 積極的に解釈されている考古学者としての優れた姿勢にも心打たれました。

 現在日本には7000人もの発掘調査担当者がいます。その大半が極めて正確な遺跡の発掘技術を有しています。 しかし残念なのは、多くの調査員が、遺跡を歴史的に位置づけ、評価することにあまりに消極的なことです。

これに対して、バーディン皇城遺跡では調査区を分担された全ての調査担当者の方々が、 各地区で検出された遺構群を安南都護府、李朝、陳朝、黎朝・阮朝の五期変遷に位置づけられ、 各時期毎の施設群の性格を積極的に評価なさろうとしていることです。

また、若い研究者達が、必死でメモを取り、質問なさる姿勢にも感動致しました。 今日の日本の調査員達は、サラリーマン化し、決められた時間しか調査に関わろうとしません。 他者の指摘に耳を貸そうとしない若き調査員達があまりに多いのも現実です。 自らの主張を他者との論争の中で検証し、必要とあらば訂正する勇気を持たないのです。 ヴェトナムの若き研究者達の姿勢こそ、ヴェトナム考古学界に大きな可能性を保証するものだと確信しております。

もし、再度バーディン皇城遺跡を訪れる機会を与えられたならば、 必ず日本の若き研究者達を伴い、この姿勢を学ばせたく思っております。

以下4項目に分けて今回の遺跡視察・検討の成果についてまとめておきます。


1 バーディン皇城遺跡の国際的評価

 本遺跡の最大の特徴は、ヴェトナム国家成立史を語る上で欠かすことのできない五時期 (安南都護府、李朝・陳朝・黎朝・阮朝に相当か)以上の王権の中枢部が、極めて遺存状態の良好な形で発見されたことです。 特に世界的にも例の少ないものとして目を見張るのは、 ヴェトナムの国家形成の基礎をなした李・陳朝期と推測される王宮の基壇がほぼ完全な形で遺存していることです。 これほどの遺構は、唐の都長安、ローマ帝国の首都ローマ、日本の古代の首都平城京などにもみることのできないものです。 まさに人類史を語る上で欠かせない「世界遺産」として十分な価値のあるものと認識することができました。

 現在調査中のバーディン皇城遺跡は、王宮のごく一部にしか過ぎません。 周辺に残る地割、地名などを既知の文献史料から再検討し、皇城域の範囲確定のための学術調査を実施すれば、 華麗な王宮跡、壮大な国家機構が眼前に姿を現すことは間違いないと判断しております。

 発見された遺構の中で目を見張るのが、六角形状に七基の地業を並べた遺構群です。 A区に11基、D区に3基ありいずれも一直線状に南北に並んでいます。 高壮な塔説、建物の一部説や特殊な旗立ての施設説など各種意見がありますが、まだ定説をみていません。

本遺跡は、現在ハノイを訪れる諸外国の人々に、ヴェトナムの歴史を一目で示すことのできる空前絶後の遺跡であると確信致しております。 是非全面保存し遺跡の性格などについて議論したく思います。


2 バーディン皇城遺跡の保存

 国際的に高い評価をなし得るバーディン皇城遺跡は、それだけを保存しても片手落ちだと思っております。 日本の奈良・平城京がその中枢部である宮城域を国家によって保護・保存しているように、 少なくとも「皇城」域(フランス支配下に設けられた「星形城壁」の内部に遺存か)を対象とすべきでしょう。 もちろん皇城外に広がる「京城」域においてもあらゆる機会を通じて発掘調査を実施し、 重要遺跡が発見されれば追加保存すべきことはいうまでもありません。

 その上で調査の成果を内外に広く公開することこそ重要ではないでしょうか。 調査により新たに「発見」される成果を、ニュースとして次々と内外に報道することによって、自ずと世界中の人々の関心は高まるものと思います。

 なお、市街化の進むハノイ中心部を保存するには想像を絶する困難が予想されます。 しかし、日本をはじめとする先進諸国での失敗を教訓として、大所高所から大胆な保存策を講ずることを強く望みます。


3 バーディン皇城遺跡の活用

 調査後の遺構群や遺物群は最新の科学的方法でもって保護しなければならないのですが、 これらを単に死蔵したのでは価値が半減します。地下に保存した遺構を専門家以外の人々がイメージできるよう地上に表示すると共に、 各種縮尺の模型を作成し、現地あるいは専用博物館に展示すべきと考えています。

ハノイは街路樹などの緑が豊かな都市であると感じました。公園もたくさんあり、 市民の憩いの場として活用されているように見受けられます。これらに加えてさらに歴史的な裏付けのある公園が整備され、 親しまれれば歴史はより身近なものになると思われます。

ただし、発見された遺構そのものを露出展示することには多くの問題があります。 「現物」の迫力は模型と比べものにならないことは言うまでもありません。しかし、せっかくの「財産」が破壊されるようでは困ります。 3Dなどのバーチャルリアリティーを駆使して、「現物」に迫ることも必要ではないでしょうか。


4 バーディン皇城遺跡の調査体制

 保存の具体策として重要なことは、早急に考古学、 歴史学(ヴェトナム史のみならず中国、朝鮮、日本古代史などを含む)、地理学、文学、地質学、 動植物学など関連諸科学を用いた総合調査体制を確立し、学術調査を継続的に実施することです。

 日本では全国に発掘調査を実施する職員が7000人配属されています。ヴェトナムにおいても、考古学を学習した若い研究者を早急に育成すべきでしょう。 そのためには、日本をはじめとする海外の優れた研究者を招き、大学生や若い研究者に具体的な研修を課して、 予想される数多くの調査に対応可能な体制を整備することが求められます。

場合によっては、国家プロジェクトとして日本の大学と協定を締結し、実践教育を目的とした留学生の派遣も視野に入れるべきでしょう。


2004611

三重大学人文学部  山中章 

(ヴェトナム社会科学アカデミーへ提出した「バーディン皇城遺跡調査・保存会議報告」から)



 バーディン皇城遺跡D区から検出された李・陳朝期の礎石建物の基壇化粧



 安南都護府時代に建造され、李朝期に再利用された井戸


    「江西軍」と刻印された磚


    安南都護府時代の改修を伝える磚の刻印


     李朝期初頭の宮殿建設を伝える磚の刻印  


 バーディン皇城遺跡A区平面実測図



 不思議な六角形の礎石建物の基礎

       
   道路側溝の交差点                         宮殿内部を通る道路網とその側溝