食事と排泄
〜考古学とゴミ〜



 いかなる生命体もエネルギーの下となるものを吸収し、不要物を排出しながら成長する。 人間も食物を摂取して、尿や便を排泄して生命体の維持や成長に用いる。 ただし排泄しなければ「糞詰まり」になって死んでしまう。 これまでの歴史学や考古学はエネルギーの摂取に関する研究は多かったが、排泄に関しては実に冷淡だった。 しかし今こそ人類が残し続けてきたゴミの山=歴史に着目すべき時期がきている。

 2004年、人類は火星探査の新たな時代に突入した。鮮明なカラー映像にみる火星の姿は、荒涼とした赤褐色の大地のみである。 これが数十億年にわたって火星が積み上げてきた歴史の現実なのである。 人類は火星上に水の存在を疑い、火星人の存在にロマンを求める。しかし、本当に火星人がいたとするなら、これほど寂しい光景はない。 火星人は火星の制御に失敗したとしか思えないからである。

 先進国と呼ばれる国々は、毎日石油を大量に消費し、地球大気内の二酸化炭素量を増大させ、 フロンの排出によるオゾンホールを拡大させ続けている。 地球温暖化が進み、毎年数千平方キロメートルに及ぶ砂漠が拡大していると言う。 多くの人類が飢えに苦しみ、子供や老人が次々と死に至っている。 そんな人々の死を他人事とせせら笑いながら、世界第一位の二酸化炭素排出国は「戦争」に邁進する。本当にこれでいいのだろうか。 火星の姿を見るにつけ、地球が火星の後を追っているのではないかという不安に襲われる。

 安部公房の小説に『カーブの向うユープケッチャ』という風変わりなタイトルの小説がある。 ユープケッチャは自らの排泄物を再度食物として摂取できるために永遠の命を維持するという想像上の生命体である。 一方、食物を摂取し続けなければならない人類は犯罪や戦争を繰り返し、混沌としている。 ユープケッチャでない人間の生とは何か、安部公房はひたすら問い続けた。

 残念ながら人間は排泄物を摂取することはできない。しかし、その与えられた知恵によって、排泄物を再利用して循環社会を形成する能力はある。 戦争する富や時間があるのならここにこそエネルギーを注ぐべきではないだろうか。

 私は毎日トイレでウンコの形や臭いをかぎながら自分の今日の健康状態を占うことにしている。 そこには前日食した物これを処理した身体の歴史が潜んでいるからだ。 人類も今、もう一度自らの「ウンコ」に注目する時期にきていると思う。

(2004.1.18 伊勢新聞掲載)


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