戦争
〜吉野ヶ里遺跡の首のない遺体〜



 子供が子供を殺す、人間の手を犬がくわえていた…などと連日のように物騒な記事が新聞紙上をにぎわす。 まるで地獄絵を見るような今日このごろである。私たちが子供のころ、殺人事件が新聞に載ることなど滅多になかった。 ましてやバラバラ殺人事件など。なぜ、いつからこんな社会になったのだろうか。

 海外でも、イラクで、サウジアラビアで、人質になった人々が首を切られ、殺されたことが大々的に報じられている。 果たしていずれの側に正義はあるのか。私には戦争という異常事態がこのような非人間的な行為を引き起こしているとしか思えないのである。 誰かが野蛮なのではなく、戦争が人間を異常にしている。

 日本列島で戦争が始まったのは弥生時代である。故佐原眞さん(国立歴史民俗博物館館長)は、弥生時代の石鏃と縄文時代のそれを比較して、 「紀元前1世紀前後になると急激に石鏃が重くなり、殺傷力が増す」と、初めて戦争の物証を明らかにした。 弓矢の向かう方向が動物から人間に変化した瞬間だという。 佐原さんは、考古学の究極の目的は人類の犯した戦争の悲惨さを考古資料によって示し、これを止めさせることにあるとした。

 佐賀県に吉野ヶ里遺跡という有名な弥生時代の遺跡がある。 全体が掘りで囲われ、内部には王墓といわれる墳丘をもった墓があるほか、 物見やぐらや多くの人々の居住の跡が知られている。 まるで『魏志倭人伝』の世界を見るようだとして保存・活用されている遺跡である。

 環濠の外には数百の整然と並ぶ甕棺墓の列が認められる。その中に不思議な遺骨が発見されている。首のない遺体である。 矢や槍の刺さった遺体もある。戦死者の遺体だと考えられている。

 既に2千年もの昔から日本人同士が戦争し、首を切って持ち帰るという残酷な殺戮が行われていたのである。

 ○○民族や△△宗教が野蛮なのではない。戦争が日常では考えられない「異常」を引き起こしたのである。 日本列島で進行する「事件」の数々も、他者の存在を理解し、認め合おうとする気持ちの欠如が引き金になっているように思う。 実利を求め、効率を優先する社会に他者の心を思いやるゆとりなど生まれるはずもない。

 「縄文時代へ回帰せよ!」などというつもりは毛頭ない。 しかし、そろそろ戦争のない社会を作るにはどうすればいいのか、真剣に考える時機に来ていると思う。 首のない遺体と対面するのはもうたくさんである。このままでは地球がなくなってしまう!

(2004.8.15 伊勢新聞掲載)


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