三重大学人文学部考古学研究室


遺跡発掘構内で実践


 動物の骨、昆虫の遺体、土器…。2千年以上前の「ごみ捨て場」が昨年7月、三重大(津市上浜町)の構内から姿を現した。 推定年代は、弥生後期〜古墳時代初期ごろ。「鬼が塩屋遺跡」と名付けられた。

 人文学部考古学研究室の学生らも、発掘作業に加わった。調査は約2カ月間に及んだ。 3年の宮崎祐子さん(21)は「考古学って土木作業。しんどいこともあります」。

 発掘調査は、年に最低2回。長期休暇の時期をあてる。夏は強い日差しの下で、冬には冷たい風にさらされながら、遺跡を実測し、図面に起こす。 写真を撮る技術も現地で学ぶ。

 鬼が塩屋遺跡の発掘では、受験生のためのオープンキャンパスの時期と重なったこともあり、一般向けの「現地説明会」を企画した。 大学院生を中心に土器の復元や図面作成を進め、出土品の説明も学生が行った。 現在、出土品などを基に卒論執筆中の学生もいる。

 研究室のメンバーは、留学生も含め約15人。3年生以上が中心だ。「興味のある1、2年生も大歓迎。 3年生からでは、作業を覚えた頃には卒業、となりかねないので」。 指導する山中章教授(56)は、聖武天皇の宿泊所「頓宮とんぐう(仮宮)」 とみられる久留倍くるべ遺跡(三重県四日市市)の発掘・保存運動などで知られる。

 久留倍遺跡の保存活動にも、学生らは参加している。四日市市内で9月にあったシンポジウムでは、資料やポスター作りを手がけた。 修士課程2年の山田真靖さん(24)は、「多くの人に呼びかけ、活動を知ってもらうことの大切さを実感しました」と話す。

 卒業後、教育委員会などに就職する学生も少なくない。「保存活動の重要性や方法を今から知ってほしい」と、山中教授は願っている。

(2004.12.7 朝日新聞   取材:増田愛子)


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